第1回「専攻サロン」が開催されました

160428_専攻サロンa 心理発達科学専攻の第1回「専攻サロン」が開催されました。専攻サロンは、教員や大学院生が研究や関心のあるテーマについて話題提供を行い、参加者同士で自由に意見交換を行う交流の場です。本企画は2016年度にも期間限定で実施されていましたが、今年度より10年ぶりに復活しました。学部生・大学院生・教職員など、さまざまな立場の参加者が集い、研究分野を越えた交流を深めました。

今回の発表者は五十嵐祐先生です。「孤独感の心理学」をテーマに、孤独感に関する心理学研究の知見や最新の研究成果についてご紹介いただきました。

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発表後には活発な質疑応答が行われ、参加者それぞれの視点から多様な意見が交わされました。研究内容だけでなく、孤独感という誰にとっても身近なテーマについて考える貴重な機会となりました。

次回の専攻サロンは近日開催予定です。詳細が決まりましたら、こちらでお知らせいたします。

参加者の声
河野先生より
 心理発達科学専攻の専攻サロンに参加した。
 実は、10年くらい前にも似たような催しをしていたのだが、コロナ禍などがあっていつの間にか立ち消えになっていた。それが今回復活したのである。
 「専攻サロン」というと、なんだか敷居の高い集まりのように思えるかもしれないが、実際は、ざっくばらんに研究を紹介し、参加者同士で意見を交わそうという会である。学部生・大学院生・教職員、さまざまな立場の人が集まる。同僚がどのような研究をしているのかをじっくり聞く機会は意外に少ない。個人的にはとても楽しみにしている催しの一つだ。
 さて、記念すべき第1回、プレゼンターは五十嵐祐先生。テーマは「孤独感の心理学」である。「孤独感」は、「社会的接触に関する個人の願望水準と達成水準の食い違い」と定義され、「感情的な反応は食い違いの認知の結果として生じる」という。
 私の専門である心理臨床の世界でも、クライエントが孤独をどのように体験し語るか、あるいは語ることができないまま放置されてしまうのかは、とても重要なテーマである。クライエントの語る孤独は、上記の定義の無機質さとは裏腹に、激しく、時に骨身にしみる辛いものとして語られる。面接者としてクライエントと向き合っていて、彼らが認知している「食い違い」は、時に、奈落の底に落ちるような感覚なのだろうと思えるほどだ。
 ただ一方で、孤独感は、私たちの人生と無縁ではいられない感情でもある。私たちは、人生における様々な場面で、大切な誰かとの別れを体験し、自らの老いを受け入れることで、若き日の自分と決別し、友人との感覚の差異を実感して、集団の中にいても一人でいる感覚に打ちのめされる。
 五十嵐先生は発表の中で、「孤独感の低い人は、社会語(特定の社会集団に属する人々によって使われる言葉のこと。今回示されたデータでは、子ども・家族・友人などがそれにあたる)の想起が多い」「孤独感の高い人は、友人をノミネートしやすい」と指摘していた。私自身、非行・犯罪研究を進める中で、非行少年が似たような境遇の少年と結びつく様子を見聞きしてきた。孤独感の高さゆえに、似たような境遇の者同士が強く結びつくのだろう。やはり、社会とのつながりが人を支え、人はつながりの中で生きているのである。だからといって、孤独を人生から切り離すことはできない。
 孤独は、私たちの人生と切っても切り離せない感情であり、どのような社会的ネットワークの中で生きるのかにも影響する。だからこそ、私は、孤独の意味を捉え直すことができないかと考えてしまう。孤独はネガティブ感情と結びつきやすい。しかし、そこに少しでも別の意味を見出すことができたなら、私たちの人生はもう少し生きやすくなるのではないか。そんなことを考えさせられた。
 五十嵐先生は、一見すると近寄りがたい雰囲気をまとっている。しかし、その緻密な思考と豊富な知識に裏づけられた鋭い問いかけには、学生のみならず、私自身も何度も考え込まされてきた。一方で、五十嵐先生の指導生は、皆どこか幸せそうに「私は五十嵐ゼミなんです」と語る。今回お話を聞いて、改めてその理由がわかった。言葉の端々に、先生の人間味のある温かさがにじんでいたのである。彼らは、研究内容とともに、このにじみ出る温かさに惹かれているのだろう。
 人の話を聞くのは面白い。内容はもとより、発表者のものの見方や人柄に触れることができるからだ。今回参加できなかった人も、ぜひ次回は会場に足を運んでほしい。きっと、思いがけない発見や出会いが待っているはずである。